国家が仕掛けるあざとい演出
来年から、つみたてNISA、なるものが始まるらしい。
漢字ではなく、わざわざ、つみたて、とひらがなで表記させるあたりに、投資という血も涙もない世界を少しでもソフトに見せようとする国家のあざとい意図を感じずにはいられない。投資の厳しさをひらがなの柔らかさで包み隠そうとするその姿勢は、まるでお化け屋敷の入り口に可愛いぬいぐるみを置くようなものだ。冷笑的な笑いが漏れるのを禁じ得ない。
非課税枠を巡る算術
制度の中身を覗けば、現行のNISAが年間120万円の枠を5年間。対するひらがな版は、年間40万円となる代わりに20年間とのことだ。一見すると後者の方が非課税の総額では勝っているように見えるが、そこには時間という名の不確実なコストが隠されている。今すぐステーキを食べるか、二十年かけて小分けにされたミンチ肉を少しずつ咀嚼するか。投資家としての合理性を問われる、実になんとも悩ましい二択である。
個別銘柄への熱狂、その後の静寂
これまでの私は、日本株式の個別銘柄に血道を上げ、120万円の枠など瞬く間に使い切る猪突猛進な投資家だった。私、という一人の投資家が、市場の波に一喜一憂し、自らの知性を過信していたといえる。しかし、手元の日本株式をすべて売却した今、私の視線はインデックスやETFという、より無機質で合理的な対象へと向いている。特定の企業に恋をして裏切られるような情緒的な日々を卒業し、市場全体の成長を静かに、かつ冷徹に享受する。それこそが、今の私にふさわしい選択ではないだろうか。
退屈という名の最大の敵
短期の瞬発力で非課税メリットを刈り取るか、あるいは二十年という長い歳月をかけて、国家が用意した低速のベルトコンベアに乗り続けるか。自己言及的に言わせてもらえば、私のような投資家がインデックス運用へと舵を切る際、最大の障壁となるのは、退屈、である。年間40万円という小銭を少しずつ積み上げる行為に、私の投資家としてのプライドがどれほど耐えられるかは未知数だ。二十年もあれば、私は別の何かに目覚めて、窓際で盆栽でもいじっているかもしれない。
正解のない問いへの対峙
現行か、つみたてか。どちらがお得かという、算数と心理学が混ざり合ったような問いを前に、私は今しばらく、手元の計算機と睨めっこを続けることになりそうだ。サンタクロースにどちらが良いか煙突越しに尋ねてみたいものだが、あいにく我が家の煙突は、住宅ローンの重みで少しばかり目詰まりしているらしい。