火中の栗を拾う勇気、あるいは単なる怠慢
JTは今日も、期待を裏切ることなくその値を下げた。昨日、追加購入という名の「火中の栗」を拾うべきか迷ったと記したが、結局、私の指が注文ボタンを押すことはなかった。自己言及的に言わせてもらえば、この慎重さが功を奏したのか、あるいはただ単に「注文を出すのが面倒だった」という怠慢が資産を守ったのか。投資の神様のみぞ知る、実にはっきりしない空模様である。
煙に巻かれる投資判断と、二台目のアイコス
もし次に資金を投下するならば、国内の巨塔よりも海の向こうの煙を狙うべきかもしれない。アルトリアか、あるいはフィリップ・モリスか。などと高尚なポートフォリオ戦略を練っていたはずなのだが、私は本日、物理的な世界でフィリップ・モリスに重大な「設備投資」を敢行してしまった。
アイコス、二台目の購入である。株を買う前に製品を買い足すという、なんとも順序の逆転した暴挙。株主として配当を要求する前に、熱心な信者として現金を献上してしまった。\(^o^)/
私の財布から消えた現金は、巡り巡ってフィリップ・モリスの純利益を微々たるものだが押し上げることに寄与したはずだ。全米の投資家の皆さん、私に感謝してほしい。
規律という名の、退屈な積立
市場が上向こうが、地を這おうが、そして私がアイコスを何台破壊しようが、私の積立戦略に揺らぎはない。はっきりしない日々の中にあっても、毎日飽きることなく、機械のようにコツコツと積立投資を継続するのみだ。一時の感情で右往左往するのは、市場という名の巨大な鯨に飲み込まれるプランクトンのすることだ。
私は、二台体制となったアイコスから立ち上る煙を眺めながら、「次の配当でこのアイコス代を回収できるのは何年後か」という極めて非合理な計算に耽ることにする。