迷宮からの生還、あるいは身代金の支払い
ようやく、私のもとに一筋の光が差し込んだ。お帰り、私のドル資産。中継銀行という名の底なし沼に足を取られ、どこを彷徨っているかも分からなかったわが子が、長い旅路を経てようやく帰還した。送金手数料3000円という名の身代金をどぶに捨てたようなものだが、この円安の荒波の中、無事にわが子の顔を拝めただけで一安心と言えるだろう。無機質な数字の羅列に過ぎないはずの預金残高が、これほど愛おしく見えるのは、きっと日銀がもたらした冷たい金利の風のせいだ。
アマゾンへの託宣と、母の損出し
そんな安堵も束の間、先ほど本物のわが子へのクリスマスプレゼントをアマゾンへ発注した。利上げだの長期金利2%だのと騒がしい世間の喧騒を切り裂いて、聖夜までに届けておくれ。頼んだよ、アマゾン。今年も残すところあとわずか。
家族への愛とは別に、投資家としての冷酷な義務も忘れてはいない。本物の損出しを予定通り決行した。上がらない銘柄への未練を断ち切り、税金を圧縮するその手際は、自分でも惚れ惚れするほど機械的だ。感情を排したこの損出しこそが、荒れ狂う市場で生き残るための、私なりの護身術である。
睡魔が綴った「ここだけの話」
さて、この手元に戻ったドル資産をどう運用すべきか。投資家である私の悩みは尽きないはずだったが、実は、昨晩の私は相当に疲れていたらしい。寝ぼけた頭で、気づけばイーライリリーをぽちっとしていたのはここだけの話だ。意識は朦朧としていても、人差し指だけは成長株を求めて動くという、恐るべき投資家の本能。自己言及的に言わせてもらえば、私の深層心理は住宅ローンの重圧を、世界的な肥満症薬のブームで解消しようと目論んでいるらしい。
サンタを待たない聖夜
サンタクロースはどこかの雪山で遭難しているかもしれないが、私の指先は自ら希望という名の銘柄を掴み取っていたようだ。不満を垂れ流すのは時間の浪費だが、たまにはこうしてブログという名の掃き溜めに、シニカルな真実を吐き出させてもらう。サンタを待つより、まずは自らの直感、あるいは寝ぼけ眼のミスを信じて、税引き後の残りカスのような日常を、少しだけ華やかに彩るとしよう。