期待値で鯨になる

米国株・ETF・投資信託で資産を育てる合理主義投資ブログ。低コストという名の餌で巨大な鯨へ育てる観測日記。

全人類投資家計画という壮大なファンタジー|2026年新NISAの0歳解禁とプラチナNISAの正体

政府は12月26日、2026年度の税制改正大綱を閣議決定した。

そこには新NISA制度を0歳から解禁し、全世代へと拡充する案が明確に記されている。その一報に触れた瞬間、私は手にしていた安物のウイスキーを危うく吹き出しそうになった。これは単なる貯蓄から投資へというスローガンではない。国家による育児放棄の完成形だ。

ゆりかごから墓場まで自己責任で。いや、正確にはゆりかごの時点ですでに、市場という名の荒野に放り出されるわけだ。おむつと一緒にインデックスファンドを握らせ、離乳食の横でアセットアロケーションを語る。文明はついに、ここまで傲慢になったらしい。

私も3歳の我が子に対し、複利の概念がもたらす輝かしい未来を説いてみた。しかし、返ってきたのはう〇この連呼だった。将来の1億円より、今この瞬間の排泄。この圧倒的な時間優先強欲を前に、私のポートフォリオ理論など無力だ。どうやら投資教育の道は、ダイエットの継続以上に険しい。

1. 親の節税という名の、美しき免罪符

0歳児が投資をするなど、冗談は顔だけにしてほしい。実際に画面をポチポチ叩くのは親だ。つまり、これは親が堂々と節税できる枠を子供のためという聖母のような看板で包み直しただけの制度だ。

自由とは何か。それは親が我が子の名義で売買できる自由だ。子供の将来という言葉ほど、金儲けに使いやすい道具はない。

私もかつて、将来のための運用と称して南アフリカランドに全振りしたことがある。スワップポイントという微々たる小銭を上回る勢いで元本が溶けていく様を、ただ呆然と眺めていたあの日々は墓場まで持っていきたい私の黒歴史だ。今回の制度拡大には、あの時と同じ甘い蜜に毒を混ぜたような匂いがする。かつてのジュニアNISAが不人気で終わった屈辱を、今度は全世代型という聞こえのいい言葉でラッピングしたわけだ。

2. プラチナNISAの正体:毎月分配型という名の滑稽な搾取

今回の目玉のひとつが、高齢者向けに毎月分配型を非課税にするという、通称プラチナNISAだ。プラチナ。なぜゴールドではないのかという突っ込みは置いといて、その高貴な響きとは裏腹に、実態は複利という投資の王道を捨てた人間に非課税という名の慰めを与える制度に過ぎない。

自分の元本を削って自分に配り、今月もチャリンとお金が入ったと微笑む。その横で金融機関が、顧客の微笑みよりも爽やかな顔で手数料を回収する。弱者から搾取する仕組みを、ここまで優しくプラチナという包装紙で包めるのは一種の芸術だ。

私も将来、ボケて自分の財布から自分にお小遣いを渡して喜ぶようになったら、誰かそっと私の証券口座を解約してほしい。それが人生最後のリスク管理だ。

3. 60年積立という空想科学の限界

0歳から月1万円、年利7%で60年後に1億円。この数字を見るたびに、計算ができる人間が計算できない不確定要素を無視した結果だと痛感する。

60年だ。最大のリスクは市場ではなく、人間の欲望と飽きっぽさだ。18歳で車が欲しくなり、30歳で結婚資金に消え、40歳で将来への不安に負ける。60年の積立を完遂できる鉄の意志を持つ人間は、そもそもこんな制度の助けなど必要としない。ちなみに私は、ダイエットの3日間積立ですら挫折した過去がある。

4. 結論:賢い投資家のフリをした私の振る舞い

では、我々はどうすべきか。答えはシンプルだ。

  • 枠は冷徹に使い倒す:感情を入れず、低コストのインデックスを無言で積む。たまに画面を見てふふと独り言を言うくらいは許されるだろう。
  • 制度を信じない:国が急に優しくになった理由を考える。なぜ今なのか。なぜ金融機関が笑っているのか。
  • 複利より懐疑心を教える:金融教育とは、数字を教えることではない。疑うことを教えることだ。

死ぬ時に一番金持ちであることほど、無意味な投資はない。踊り続ける人間がいれば、音楽は止まらない。だから私は踊らない。壁際で、氷の溶けきったグラスを持ち、この壮大な自己責任社会の完成を眺めている。……あ、今のはかっこつけすぎた。中身はただの炭酸水だ。