「投資なんて、もっと早く始めていれば今頃は……」
積立投資の口座画面を眺めながら、このありふれた問いを自分に向ける。
誤解しないでほしいが、これは感傷的な後悔ではない。
過去の自分という史上最もポンコツな意思決定者に対し、現在の自分が合法かつ安全に優位性を誇示するための、ささやかな精神的娯楽だ。
振り返ってみれば、私の約20年にわたる投資歴は、「もっと早く、素直にやっておけばよかった」という一行の結論を導き出すための、壮大で無駄に丁寧な前振りだったと言える。
リーマン・ショックで50万溶かした積立投資初心者の失敗談
私が初めて相場の世界に足を踏み入れたのは2006年のことだ。
今にして思えば、地雷原のど真ん中に自ら「ここが安全!」というフラグを立て、ステップを踏みながら突入していったようなものだ。
案の定、2008年にリーマン・ショックという名の特大の地雷が爆発した。
私はあっさりと50万円の損失を抱え、涙目で市場から退場することになる。
ただ、当時の投資信託といえば、信託報酬が現在の10倍以上という合法的なカツアゲのような商品が跳梁跋扈する魔境だった。
正気を持った人間なら「こんなギャンブル、二度とやるか」と捨て台詞を吐いて逃げ出すのが唯一の正解であり、当時の私は見事にその正解を引き当てたわけだ。
セゾン・バンガードを0.5%の信託報酬で断った話(積立投資の手数料とは)

数年が過ぎ、市場への恐怖が薄れかけた私がネットの海で見つけたのがセゾン・バンガード・グローバルバランスファンドだ。
株式と債券へ自動で世界分散し、あのバンガード社が運用する。
個別株の乱高下で胃に穴が開きかけた身にとって、その堅牢なコンセプトは甘美な誘惑だった。
しかし、目論見書に記された「信託報酬0.5%」という数字を見た瞬間、私の内なるケチでシニカルな合理性がけたたましく警鐘を鳴らしたのだ。
「……高ッ。毎年確実に0.5%も削り取られるなんて、一体誰のための資産運用だ?」
私は鼻で笑い、静かに、しかし断固たる意志でブラウザを閉じた。
そこから始まったのは、信託報酬の安いインデックスファンドを複数買い集め、手動でリバランスして擬似セゾンを錬成するという涙ぐましいDIYプロジェクトだ。
0.1%の手数料差に血道を上げ、エクセルと睨めっこする孤独な錬金術師。
もちろん、費やした時間と労力を時給換算してはいけない。
本末転倒という言葉は、当時の私のためにあった。
月5000円で始めた積立投資は正解だったのか?少額スタートの本音
最終的に、既製品の投資信託でおとなしく積立投資を始めたのは2016年頃だ。
インデックスファンドの価格破壊が進み、ポートフォリオを自作する手間が完全に愚者の遊戯と化したからである。
だが、一度焼け出された私の警戒心は筋金入りだった。
設定した積立額は、月々わずか5000円。
これなら明日、資本主義が崩壊しても、居酒屋の会計を1回スキップすれば取り戻せる。
石橋を叩くだけでなく、ドリルで強度検査をしてから渡るような慎重さだ。
当時の私には暴落のリスクは見えていても、現金を寝かせ続ける機会損失のリスクという概念がきれいさっぱり抜け落ちていたのである。
新NISAで後悔しないために:積立投資の始め時とは何か
翻って現在の私は、新NISAの枠を躊躇なく最速で埋めにかかっている。
リーマン・ショックの50万の損失に震え上がっていた昔の姿からは想像もつかない手のひら返しだ。
現金の価値が目減りする時代において、最大の防御は市場に居続けることだと悟ったからだ。
もしタイムマシンが使えるなら、迷わず2016年の自分の部屋へ押し入るだろう。
月5000円の入力画面を前にドヤ顔をしている過去の私に、「その慎重さはリスク管理の鑑だな」などと寄り添う気は毛頭ない。
胸ぐらを掴んで、耳元でこう怒鳴りつけてやる。
「小銭の計算で脳のメモリを無駄遣いするな。今すぐ本気で積み立てを始めろ。最高の始め時なんて永遠に来ない、今日が一番若い日だ」
積立投資において完璧なタイミングなどという幻想を追い求めるのは無意味だ。
この世にはすでに市場にエントリーしている日とまだ指をくわえて見ている日の二つしか存在しない。
どちらが合理的な選択かは、歴史が証明している。
- 投資の勝敗を分けるのは、天才的なタイミングではなく、圧倒的な市場滞在期間だ
- 少額スタートはメンタル保護に有効だが、放置しすぎると盛大な機会損失というツケを払う
- 超低コストファンドが選び放題の現在、投資を始めない理由を探すほうが知的な難易度が高い
- 新NISAという非課税のチートツールを前に、参入をためらうのは単なる怠慢だ
- 「もっと早くやっておけば……」というセリフを未来の自分に言わせない唯一の防衛策は、今すぐ始めることである
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