
私は今、マイクロン・テクノロジー(MU)を買い漁っている。
買い漁るという言葉には、強者の余裕のような響きがあるが、実態はもっと惨めだ。例えるなら、沈みゆく泥舟の上で、飛んでくる矢をこれは貴重な建材だと言い張りながら体に突き刺しているようなものだ。
なぜ、私はこんな暴挙に出ているのか。
理由は、マイクロンという会社がHBMという、今のAI狂騒曲における最強の楽器を作っているからだ。
私は短期では地獄を覚悟しつつ、長期ではHBM需要に賭けて握り続ける。
HBM(高帯域幅メモリ)とは何か
ここで少し、合理的な説明を挟もう。
なぜなら、私は狂ってはいるが、無知ではないからだ。
HBM(High Bandwidth Memory)とは、一言で言えば超高速で大量のデータを運べる次世代のメモリのことだ。
普通のメモリが1車線の細い道路だとすれば、HBMは100車線ある超巨大な高速道路だと思えばいい。
- 3Dケーキ構造: メモリチップをケーキみたいに縦に何層も積み重ねる。
- 垂直の配線: その重なったチップをシリコン貫通電極(TSV)という超細い針のような配線でぶち抜いて直結する。
- 結果: データが移動する距離が短くなり、一度に送れる量が爆発的に増える。
エヌビディア(NVIDIA)のGPUというAIの怪物がその真価を発揮するためには、このHBMという心臓部が不可欠だ。これがないと、AIは計算したくてもデータが届かなくて、ただの熱い鉄の塊になってしまう。
マイクロンは本当に終わったのか?
合理的に考えれば、マイクロンの未来は明るい。
2026年分の在庫はすでに完売。需給は狂ったように逼迫している。私はその未来を信じ、落ちてくるナイフを、まるで親の形見を受け取るかのような敬虔な面持ちで、両手でがっちりと掴みに行っている。
だが、現実はどうだ。
チャートを開けば、そこにあるのは希望の光ではなく、阿鼻叫喚の断崖絶壁だ。
ピーク時の455ドル付近から、ここ数週間で一気に370ドル台へと叩き落とされた。2月10日の終値は373.25ドル。1%下がるたびに、私の遺産という名の脂肪が削ぎ落とされ、鯨はみるみるうちに痩せ細っていく。
もはや鯨に成るどころか、干からびたシラスとして終わる未来の方が、私の中では解像度が高まっている。
二本目のナイフ:サムスンの逆襲
そして先日、さらに鋭利なナイフが空から降ってきた。
韓国の巨頭、サムスン(Samsung)がHBM4の量産を前倒しで開始するというニュースだ。
聯合ニュース(Yonhap)やKED Globalによれば、サムスンはエヌビディアの品質テストを予定より早くパスし、2月下旬から世界初のHBM4を大量出荷するという。しかもそのスペックは、マイクロンが想定していた基準を上回る高速性だ。
さらに追い打ちをかけるように、一部のレポートは、エヌビディアの次世代チップ、Vera Rubinにおいてマイクロンのシェアはゼロになる可能性がある、とまで囁き始めた。
これが市場の解釈だ。
サムスンが勝って、マイクロンは蚊帳の外。
この恐怖が、私の手のひらに刺さった一本目のナイフの上から、さらにもう一本、二本と突き刺さっていく。
私はなぜ、まだここに立っているのか
世の中の投資家は、落ちてくるナイフを掴むなと賢明な顔で説く。
だが、今の私に言わせれば、そんなアドバイスは何の役にも立たない。
なぜなら、ここでは毎日、ナイフが降ってくるからだ。
昨日掴んだナイフで手が血まみれだというのに、今日また新しいナイフ——サムスンのニュースという冷たい刃——が降ってくる。それを避ける気力もなく、むしろ「次はもっと鋭利なやつを頼む。そうすれば、少しは感覚が麻痺して楽になれるから」とさえ思い始めている。
これは誰に見せるためのものでもない、ただの自傷に近い自問自答だ。
「なぜ、私はまだここに立っているのか」
その答えすら、降り注ぐナイフの雨音にかき消されて聞こえない。
だが、心のどこかで微かな、あまりにも微かな囁きが聞こえる。
HBM市場全体が巨大化するなら、マイクロンの席が一つも残らないなんてことがあるだろうか?
アナリストたちは、まだ500ドルを目指せると言っているではないか。
そんな脆い希望の糸に、血まみれの手でしがみついている。
最後に
今夜も、スマホの光で網膜を焼きながら、MUの株価を心電図代わりに眺めることにする。
画面の中で激しく上下するその線が、私の生命維持装置そのものだ。
もし明日、私の更新が止まったら、「ああ、あの鯨はついにチップの海に沈んだのだな」と、私自身の孤独な魂だけが納得していれば、それでいい。
あるいは、数年後にこのブログを読み返して、あの時の私はなんと高い授業料を払ってシラスになっていたのか、と優しく自嘲できていることを願うばかりだ。